2008年05月18日

中国との因縁(2)

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★日清戦争(1894〜1895)

・日本と中国(清朝)の朝鮮分捕り合戦が発端
・鎖国政策の朝鮮に対して開国要求した日本、黒船ペリーの役を対朝鮮に自演!?
・形式上開国したものの開国改革派(親日)vs保守派(親中)の対立
・その対立を利用して朝鮮国内で日本vs中国の小競り合い
・さらに朝鮮内部の農民一揆の沈静化に乗じて日本軍、中国軍が乱入し開戦

・日本勝利、戦利品として賠償金(約3億円)と台湾その他をゲット。
・戦費が約2億円(一般会計予算の2.5倍)やったから、結構儲かったわけやな。
・この戦争が中国の対日嫌悪感の発祥か?子分と金を持ってかれたちゅうことで。
・日本はこれでいい気になった。
・なんや中国、ずうたいデカイ割に大したことあらへん、この驕りが日露戦争、シナ事変へ結びついたかもしれん。

・ちなみにここから10年単位で戦争が起こりよる。1904年日露戦争、1914年第一次世界大戦、ちゅうことは一生に三度戦争に行きよった軍人もおったかもしれん、えらい時代やったんやなあ。

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今日のおまけ:日清戦争
posted by enpho at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

中国との因縁(1)

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★遣隋使(600〜618年)
・二回目の出張時小野妹子が国書持参(607年)
・「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。」の書出しに隋皇帝煬帝が立腹
・その返書「皇帝、倭王に問う」の書出し
・わしが世界の皇帝でおんどれは格下の王に過ぎへんのや、同格の天子同士やあらへんでえ

★遣唐使(630〜894年)
・律令制=政治システムの規範(天皇制+官僚制度)の習得
・日本での実現は大化の改新(645年)
・その天皇への集権化、軍備増強は明治政府の富国強兵と通ずる
・大化の改新=中国朝鮮情勢波乱に対する日本国防衛
・明治維新=欧米列強に対する日本国防衛
・空海、最澄による仏教典の持ち帰りもあった

★元寇(1回目1274年、2回目1281年)
・モンゴル帝国(元)の日本襲来
・博多湾沖に停泊中、台風で元軍撃沈、日本軍勝利
・ピンチになれば神風が吹いて日本は逆転するという発想は後の神風特攻隊まで影響
・ときの鎌倉幕府はこれが原因で倒幕
・国内の戦争ならば敗軍の領土、財貨を褒美にできるも、相手が外国軍だったため褒美らしい褒美なし
・そのため活躍した武士の不満が爆発

★日明貿易(1401〜1549年)
・倭寇(海賊)による密輸対策
・明が格下の日本へ勘合符(貿易許可証)を発行、それを有する船のみ輸出入できる
・ただし、それでは「本土」の面子が立たぬと占領した琉球王国を間に挟んでの三角貿易
・すなわち、明→琉球→本土となり、明の臣下はあくまでも琉球であって本土ではないとした
・実需としては、扇子、刀剣、漆器を輸出し、生糸、織物、書物を輸入
・決済手段としては明銭(永楽通宝)、それを獲得するため日本からは銅を輸出
posted by enpho at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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