2009年01月11日

聖体拝領について/牧野修

makino02.JPG

banner_02.gif

r_bana_1.jpg

舌や唇で世界と繋がるということは、幼いエロスの表明かもしれませんね。また、「舐める」という行為で相手を感じ取ろうとすること自体が服従に繋がるように思います。神とは服従に喜びを得る人たちの究極の対象なので、神を「舐める」ことをそういう人々が望むのは理解できます。(牧野修/著者インタビュー〜作品イメージと聖体拝領の絵の関係について)

********************************

目と耳で空気を読むということは、防衛本能の表明かもしれませんね。
また、「微笑む」という行為で表情を偽ろうとすること自体が支配を容易にするように思います。空気とは快楽のレベルを下げても苦痛感じずにすむ究極の言い訳なので、空気を読むことが正しいとされるのは理解できます。

********************************
目と耳で空気を読むっちゅうのは、防衛本能の表れかもしれへんなあ。
ほんで、「微笑む」ちゅう行為で表情をだまくらかすちゅうこと自体が支配を楽チンにするのとちゃいますか。空気ちゅうのは、気持ちよさのレベルを下げおっても苦痛を感じへんですむごっつうエエ言い訳やから、空気を読むっちゅうのが正しいちゅうのはようわかりまっせ。

********************************

今日の詩:情報の墓場
あなたの人生は
神社でクリーニングしてください!




posted by enpho at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。