2009年02月11日

自分選び

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まあ「自分探し」っちゅうのが言い尽くされて久しいわけやが、ほんまもんの自分探すっちゅうは、しんどい。とりえあず、自分カタログから選んどけばええんやろうなあ。

まあ、夕食探しゆうて、ほんまもんの夕食を探すまでは食べへんとか、
洋服探しゆうて、ほんまに似合うもんさがすまでは裸やっちゅうことはないんと同じと思うわ。

ちゅうか、日本語は自分選びの言葉やな。
女の子やったら、子どもの頃、「花子はね、、、」ちゅうように自分のことを自分の名前で言うやろし、そのうち「わたくし」「わたし」「ぼく」「うち」「田中(苗字)」ちゅうように選ぶやろ。
(ちなみに苗字呼称はかつて小泉今日子が「小泉は〜」ちゅうたのが、発祥やないかのお)男やったら、「ぼく」「おれ」「わし」「わたし」かいな。(なぜか男のガキで「太郎はね、、」ちゅうのは聞いたことがない)

自分のキャラ設定、そんときの場面設定(例えば、大切な商談やったら「わたし」とか)やらに応じて、選んでおるわな。

たんに呼び名だけとちゃいますわな、言動も多少は変わりまっしゃろ。
まあ、「I(アイ)」しかない英語を母国語とする人種にはわからん感覚やろなあ。

ええと思うわ、母国語自体が多重人格を奨励しておる日本語ちゅうのは。自分がしんどくなったら、何度でも取替えたり選びなおしたらエエがな。

ほなら


今日の詩:「クイズ自分検定」
みなさん、ご機嫌いかがでしょうか。
クイズ自分検定の時間がやって参りました。


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2009年02月06日

オバマが日本の総理だったら「7 希望と寛容」

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私たちは新しく思える課題に直面するかもしれません。取り組むための道具も、新しいものかもしれません。しかし私たちが豊かになるには、勤勉や正直、勇気や公平、寛容と好奇心、忠誠と郷土愛といった価値観が必要なのです。昔からの古い価値観です。真実の、本物の価値観です。そういう価値観こそが、私たちの歴史をずっと静かに前進させてきたのです。今何が求められているかというと、こういう真実に立ち返ること。私たちに今求められているのは、あるべき姿勢を取り戻すことです。全ての日本人が、自分の生命のみならず、他人や万物に宿る生命への思いやりを認識することが必要です。損得や合理性で理解するのではなく。難しい仕事に感謝の念をもって取り組むほど、心が充実し、人格を穏やかに保ってくれるものはないのだとしっかり認識した上で、親しみをもって職務を続けることが、今必要なのです。

それこそが、人と人とのお付き合いです。

私たちの喜びも、そこから来るのです。不確かな日常を自ら楽しめるよう、私たちひとりひとりに神が求めてくださっているという、その認識に支えられているのです。自我から自由と、利他の願いには、そういう意味があるのです。

なのでぜひ今日のこの日、自分たちが何者で、どれだけ大らかに歩んできたか改めて心に留めて、記念としましょう。日本の起源は曖昧です。神武天皇即位をもって建国記念日が制定されておりますが、それ以前から私たちの祖先はこの地で生活を営んできました。この地には先住民族のみならず大陸や海洋から多様な民族が上陸し、様々な諍いを孕みつつもこの地で共に生活を営んできました。その起源の曖昧さこそ私たち日本人の大らかさであり寛容の表れに他ならないのです。その精神は、聖徳太子の十七条憲法にも記されています。

「うちとけ和らぐことを大事にし、背き逆らうことがないよう心がけよ。人はみな徒党を組み、道理をわきまえる者は少ない。だから、ある者は君主や親にしたがわず、隣近所と仲違いをおこす。しかし、上下の者が仲よくし、執われの心をはなれて話し合うことができるならば、道理が自然と通り、何事も成就しないことはない。」

日本よ。困難ひしめくこの冬にあって、未曾有の危機を前にした今、時代を超越したこの言葉を覚えておきましょう。希望と寛容をもって、枯れ果てた大地を再び耕し、どんな吹雪がやってこようとも耐えしのぎましょう。子供たちの子供たちが語り継いでくれるように。試練に遭って私たちは、この耕作の中断を受け入れなかったと。後戻りもしなかったし、ふらつきもしなかったと。そして大地にしっかりと根をおろし、神の恩寵を身に受けて、調和という偉大な賜物を携えて前に進み、それを未来の世代に無事に伝えていったのだと。

ありがとう。神の収穫がありますように。そして神が日本国を見守ってくださいますように。


今日の詩:「聖誕祭」

働く植物人間だ
勤労と健康にだまされて
嬉々として正しいことに埋没する


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2009年02月05日

オバマが日本の総理だったら「6 奉仕精神」

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貧しい国の人たちにも手を差し伸べます。みなさんの畑を豊かにし、清潔な水が流れるようにし、飢えた人々を満たし、知識を求めてやまない頭脳に栄養を与えるよう、私たちはみなさんのお手伝いをします。そして私たちのこの国と同じように比較的豊かだと言える国には、こう申し上げます。私たちの国境の外で苦しんでいる人々に、もうこれ以上無関心でいるわけにはいきません。またこれ以上無思慮に、世界の資源を使い続けるわけにもいきません。世界は穏やかなのだから、私たちも激しさを求めず、それに合わせて生きていかなくてはならないのです。

目の前に広がる景色を眺めながら、まさに今このとき、徴兵制がないこの時代に自衛隊を志願し、訓練に明け暮れる忍耐強い日本人たちに感謝します。今の自衛隊員たちは多くのことを教えてくれるし、靖国神社に眠る英霊たちは時を超えて囁き続けています。英霊たちを称えるのは、私たちの平和を守ってくれるからであると同時に、奉仕精神の犠牲となったからです。自分たちよりも大きな何かに意味を見出そうという、その精神のことです。そして今この時、私たちの時代を決定付けようというまさにこの瞬間、私たち全員はその尊さを称える一方 そのような犠牲を出さずに平和と繁栄を実現するための努力を怠らないべきです。


なぜなら、確かに政府は多くのことができるし、多くのことをしなくてはならないわけですが、この国を豊かにするのは、日本国民の思いやりと覚悟のほどなのですから。それはたとえば、防波堤が決壊したときに赤の他人を自分の家に迎え入れる優しさだったり。仲間が職を失うのを見るよりは自分の勤務時間を減らした方がいいという無私な労働者の思いやりだったり。真っ暗な時代を私たちが乗り越えていくには、国民のそういう心持ちが必要なのです。私たちの運命を最後に決めるのは、煙が充満した階段に飛び込んでいく消防士の勇気もそうですし、あるいは子供を育てようという親のやる気でもあるのです。


今日の詩:「セールストーク」
信じる者はどこまでも堕ちて行くが
地獄で救いに巡り合う

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2009年02月04日

オバマが日本の総理だったら「5 武装と平和」

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国民の防衛について言えば、武装と平和は両立できないという主張は嘘だと断言し、拒絶します。この国の祖先たちは、私たちには想像もできないような困難を前に、武力行使を厭わず、時に他国からの干渉を撥ね退け、時に閉ざされた自国での身分差別を打破した後、今日の平和への礎を築きました。そしてその後の世代が血を流して戦ったものの敗れ、結果として他国による武装解除を受け、その他国の軍隊を常駐させるという戦後状態が今だ続いています。自国が監視される軍隊がいつしか自国を守ってくれる軍隊へと摩り替えられ、軍事のみならず政治経済ともその他国に依存している状態を、平和と称しています。私たちはこの欺瞞的平和をいつまで演じるのか。

なので、今日この日を見守っているほかの国々の人たちや政府に申し上げたい。壮麗な首都の住民から、私の父が生まれた小さな村の人たちにまで、皆さんに申し上げます。日本は、平和と尊厳ある未来を求める全ての国とあらゆる男女や子供の友人です。そう特定の他国に依存することなく、全ての国とです。その証として他国の軍隊を自国から撤退させ、改めて武装します。敗戦の恐怖に怯えず、他国の軍事脅威に屈しないためです。誤解しないでいただきたい。「戦争の放棄」と「交戦権の否認」という世界平和は「戦力の保持」と両立するのです。

昔の人たちは、帝国主義や共産主義に対抗するにあたって、ただ軍事力に頼ったのではなく、緻密な軍事交渉や、平和への願いを拠り所にしていたものです。それを思い出してみてください。先達たちは、軍事力だけで自分たちを守れるものではないと理解していたし、いくら自分たちに軍隊があるからといって好き勝手をしていいというものではないとも理解していた。その代わり先達たちは、平和への願いというのは地道に努力すれば必ず実を結ぶと理解していました。国の安全は、国の主張の正当性や、愚直なまでの交渉の積み重ねから生まれるものだと、謙遜と大胆という釣合いのとれた資質から生まれるものだと。

この伝統を守っていくのが、私たちです。改めてこの力の保持と抑制を遵守し、私たちは節度ある努力と協力を世界平和へ向けて進めることができる。中東のみならず他国の事情を尊重し、闇雲にテロの脅威を煽り立て、特定国の利益を偏重することのないよう必要とあらば沈黙を守り国際社会からの批判を大らかに受け止める覚悟も必要となりましょう。
自分たちの生き方を言い訳して謝るつもりはないし、生き方を守るのに何を臆するつもりもない。そして恐怖を煽り、無実の人々をテロ行為へと駆り立て、その惨殺を正義という名で実行することで目的を果たそうとする連中には、今ここで言う。お前たちよりも我々の心は穏やかで、決して利己に走らない。お前たちが私たちを欺くことなどありえず、我々はお前たち偽善を見破る。

なぜなら私たちは、この国のあいまいな伝統が決して弱点などではなく、むしろ長所だと知っているから。この国は日本神道と仏教とキリスト教他あらゆる宗教文化を併せ持つことが許された国です。地球上のあらゆる場所からもたらされた、あらゆる言語とあらゆる文化を受け入れる国です。そして私たちは、戊辰戦争という内戦やGHQの占領政策という苦汁をなめた末、前よりも大らかになり許しあって閉ざされた時代からはい出た。その過去があるからこそ私たちは、古い怨恨はいつか必ず乗り越えられるものだと信じずにはいられないのです。民族の壁はいつか近いうちになくなり、そして世界がどんどん狭くなるに連れて、人類共通の願いが暗黙のうちに共有されるだろうと。新しい平和の時代を呼び込むため、日本は身の程をわきまえた役割を果たさなくてはならないと。そう信じずにはいられないのです。


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2009年02月03日

オバマが日本の総理だったら「4 報道のあり方」

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今日のこの日に私たちが問いかけているのは、報道が正しいか間違っているかではなく、報道がきちんと機能しているかどうかです。国民がまともな給料の仕事を見つけられるよう、報道が必要な情報を提供しているかどうか。興味本位ではない生活に役立つ情報が提供できているかどうか。もちろん政府の政策が基本です。官僚利益ではない国民利益につながる政策を提供できているかどうか。「そうだ」と言える分野についてはこのまま続行するし、「違う」と言う分野についてはその政策は終わりにします。そして国民の税金を扱う我々は、慎重に使い、悪い前例を廃棄し、透明性の高い形で情報を提供できるよう、職務を全うする責任を負う。そうしなければ、国民と政府の間に不可欠な信頼を回復できないからです。

同様に、問われるべきは会社の善悪ではありません。富を作り出し広く分配するためのものとして、会社ほど強力なものはない。けれども今回の危機で、きちんとした監督がなければ、会社は無軌道で野放図な動きをしてしまうと、改めて思い知らされました。さらには、富める会社しか厚遇しない国は、あまり長いこと繁栄できないのだということも、今回改めて分かりました。昔からそうだったが、この国の経済がうまく行くために大事なのは、既存事業の規模拡大ではなく、新しい事業を希望をもって始められる環境をどこまで整えられるかなのです。大事なのは、やる気のある全ての新規事業者がたくさんの消費者と結びつく機会を如何に提供できるかです。慈善でそうするのではなく、その方が確実に国民全員の利益にかなうからこそ、広く機会を提供できるかどうか。


今日の詩:「かがみ返し」

正しさは人間の凶器
振りかざすのが皆大好き

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2009年02月02日

オバマが日本の総理だったら「3 しがらみとの決別」

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この国の労働者は危機が始まった時と比べて、決して労働意欲が落ちたわけではない。私たちの思いやりが低下したわけでもなければ、昭和や明治や江戸時代に比べてこの国や仲間の大切さが失われたわけでもない。私たちの願いは挫けてはいない。けれども、何もせずに済む時代は終わりました。つまらない前例を死守したり、未知への決断を先送りしたり、そんなことをしていられる時間は、確実に終わったのです。今日から私たちは、「空気」を読むことを止めて、自分の言動で、日本の再生を賭け、何かを捨てなければなりません。

なぜなら、どこに目をやっても、しがらみに溺れた仕事だらけだからです。この国の経済状態は大胆で素早い決別を必要としています。そして私たちはただ新しい雇用創出のためだけでなく、新しい成長の基盤づくりのために決別します。既得権益を守るだけの道路や橋などの公共事業を止め、他国への食物輸出大国へと変貌するための農業開発投資を実施します。科学から一部の知識人から決別させ誰もが利用できる生活の知恵へとし、医療知識の普及で患者の自己治癒力向上と医学従事者の増大により病院依存から脱却します。私たちは、原子力や原油といった人工資源利用を抑制し、太陽と海洋と大地の自然エネルギーを活用していきます。そして私たちは、新時代の要求に応えるよう、学校や大学を改革していきます。どれもできることばかりです。どれも、これから実現していくのです。

私たちは楽観的すぎるのではないかと懸念する人もいます。大計画ばかり立てても、この国の体質はそれを受け付けないと。そう言う人たちは、明治維新以降のことしか覚えていないのです。この国がこれまでにどれだけのことを実現してきたか忘れてしまっているのです。共通の願いに包容力が結び付き、優しさに冷静さが結び付いたとき、自我から自由な人々にどれほどのことができるのか。

合理的で批判的なだけの人たちには分からないのです。足下の地面が、とっくに動いてしまったことを。私たちをずっと巻き込んでいた中身のない報道は、もう意味がないのだと。


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2009年02月01日

オバマが日本の総理だったら「2 感謝と忍耐」

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私は今日、みなさんにはっきり言います。私たちが抱える課題は、幻想です。幻想は深刻で、たくさんあります。簡単に払拭できないし、短期的に払拭できるものでもありません。けれども日本よ、これは知っておいてもらいたい。幻想は、消滅します。

私が今日のこの日、ここにご使命及び任命頂いたのは、憂鬱よりも期待を抱き、規則や管理よりも、多様な生き方が許される社会をを希求するという皆さんの願いの賜物と存じております。

今日のこの日に私は、形だけの議論や美辞麗句だけの政策はもう終わりだと、そう表明させて頂きます。この国の政治をあまりにも長い間、身動きできなくしてきた国会議席数獲得合戦や使い古された官僚作文はもう終わりだと。

私たちは血縁を重んじる国です。けれども仏教聖典の言葉を借りるなら、父子や縁者に救いを求めることはもうやめるべき時です。今こそ、私たちの利他の精神を再確認する時です。自分たちであらゆる縁、巡り会わせを尊び、血縁や地縁を越えて受け継がれてきたあの大切な習慣、あの豊穣な思想を、さらに利己に囚われず推進すべき時です。私たちの大切な習慣、豊穣な理想とは、人に生まるるは難く、いま生命あるは有難くという感謝と恨みは忍を持ってのみ解くを得るという不変の真理です。

この国がいかに恵まれた国か再確認するにあたって、私たちは、何をしなくても当然のこととして恵まれた国などないのだと承知しています。
恵みとは、謙虚さを失わずに頂かなくてはならないものです。長い耕作を営んできたこの国は、これまでも決して手抜きをしたり、悪天候に怯むことはなかった。私たちの耕作は、気の短い人たちには不向きな営みだった。気の短い人たち。収穫よりも収奪をしたい人たち。浪費や褒美の楽しみだけ求める人たち。そういう人たちは、私たちの耕作には向かない。

それよりも、未知への厳しい作業を繰り返して、私たちのこの国に豊かさと平和をもたらして頂いたのは、必ずしも前例にとらわれない人たち、徒労に喜びを見出す人たち、ものを自分の手で作る人たち、そういう人たちでした。中には功績を賞賛された人たちもいますが、多くの場合は、決して褒美に授かることなく地道に働き続けた人たちなのです。

そういう働く人たちの願いが私たちのために、形式を変えながらも、豊かな生活を求めて、様々な時代を乗り越えてきた。

そういう人たちの願いが私たちのために、ひどい身分差別や重税の労働に挫けずに、開かれた社会を築いてくれたのです。そういう人たちが私たちのために、一揆や反乱を起こし、閉ざされた社会から決別させてくれたのです。

そういう人たちが私たちのために、白村江や壇ノ浦や関ヶ原や鳥羽伏見やミッドウェーといった戦場で戦い、そして死んでいったのです。

こういう男たち、女たちは繰り返し繰り返し、私たちがより豊かな生活を送れるようにと、苦闘し、自らを犠牲にし、自分の手がボロボロになるまで働いてくれたのです。その人にとって国とは、一人ひとりの思いを越えて更に大らかなものだった。一人一人の地縁や血縁の違いを越えて、もっと大らかで豊かなものだった。

そしてその同じ耕作を、私たちも続けているのです。この国は依然として、豊かで恵まれた国です。

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