2008年11月27日

チャイナタウン違い

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ユーチューブに教えて頂きましたわ。
自分の記憶違いちゅうのを。

泰葉のデビュー曲は、
♪今夜 連れていかれたいチャイナ 今夜異国に連れてって♪
と思っておったんやけど、ちゃいましたな。

「Flyday Chinatown」でしたなあ。
http://jp.youtube.com/watch?v=nITwmezJG6I

改めて聞くとほんまエエ曲やし、惚れ惚れする歌いっぷりですなあ。
作曲までしておったんやね。

ちなみに今夜連れて行かれたいチャイナは
「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ/鹿取容子」やった。
http://jp.youtube.com/watch?v=xoymMP7txiM

そんでもってチャイナタウンで検索すると
もちろん、矢沢永吉のチャイナタウンにヒットですわ。
http://jp.youtube.com/watch?v=TscFbedb-4s

まあ実際に歩くとなぜこんなメローな曲になったんか不思議やけど、、

それと、これはすっかり忘れておった。
「チャイナ・タウンでよろめいて/相本久美子」
http://jp.youtube.com/watch?v=joEkgEdZJ3E

そして笑わせて頂いたんが、「黄昏のチャイナタウン/川島なお美」
個性的な音程で フェロモン演出に余念がありませんなあ。
http://jp.youtube.com/watch?v=s2WGFwHgiTo

ほなら


今日の詩:壊れたココロ

壊れたココロが素敵
醜い笑顔を殺し 
キリリ キリリ
隠した牙 研ぎ澄ましている






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2008年11月26日

東京城誕生

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1868年やから140年前の11月26日やなあ、明治天皇が江戸城に入って、そこが東京城(皇居)ちゅうことになったんは。

明治維新なあ、まあ国をあげてのM&Aちゅうことになるんかな。
江戸時代ちゅうのは、日本中に社長はん(殿様)がたくさんおって、そん中でも一番偉い社長はんが江戸幕府の将軍で、
そん頃の天皇は会長はん扱いでっしゃろか。

そんでもって合併しはって、日本株式会社に天皇が社長にカムバック、総理大臣は専務取締役やろか。
なにがしたかったんやろなあ。
まあ各会社(藩)ごとに使い放題やった、軍隊と税金が全部 本社に集まったちゅうことで、外国へ戦争仕掛けやすくなったちゅうことなんかなあ。そのお陰かしらんけど、日清戦争と日露戦争は2連勝やったしね。

で原爆もろうて負けた戦争の後始末や。
天皇は名誉会長職、総理大臣が社長に格上げ、国会が取締役会やろか。
そんでも戦争おこさんように、アメリカの軍隊が監査役で常駐してるんやろなあ。

監査役の仕事は株主の利益を守るためやから、日本株式会社の株主はアメリカでっしゃろか。
いや〜、金出さんくせに口出すちゅうのは株主とは言えへんなあ。
でもなあ、日本の税金で米国債ぎょうさん買うてるちゅうのは、自社株買いちゅう見方もできるかもしれんなあ。

自己都合で退職できへんかなあ、日本株式会社。
現行商法やと、一人で株式会社設立できるんやけど。

ほなら


今日の誌:「覇権祭り」

国破れるは国のため
人は国のためにあらず


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11月25日三島由紀夫自殺

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38年前ですなあ、三島由紀夫が割腹自殺しはったんは。

「戦後民主主義が立脚してゐる人命尊重のヒューマニズムは、ひたすら肉體(にくたい)の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問はないのである」
(三島由紀夫『革命哲學としての陽明學』)


民主主義ちゅうのも不思議な仕組みですなあ。投票用紙に政治家の名前を書くと平和が実現するちゅうやから、七夕さんやら神社の絵馬やらとエエ勝負ですわ。
で、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三本柱らしいですなあ、戦後民主主義ちゅうのは。

まあ、国民主権ちゅうのは、20歳になりはったら、紙(神)頼みさせたるでえちゅうことやね。
それと平和主義は、自衛隊は軍隊とちゃいまっせいう禅問答やしなあ、
ようわからんのは、基本的人権の尊重やね。

人権ゆうやから、何らかの権利やろうけど、そんなもん使わんでも生活できるしなあ、なんか使うと得するんやろか。
誰か欲しい奴おったら、わしの分 売ったるわ、安くしとくで。

そやそや、ヒューマニズムちゅうのも胡散臭いでんなあ。ようわからんけど、何か訴えよる時には、ヒューマニズムの見地からはとでも言うとけば、誰も文句言えへんちゅう水戸黄門の印籠みたいなもんでっしゃろ。よーするに地球上で人類が一番偉いちゅうことやと思うけど、同じ人類同士で使うてもなあ、せめて他の霊長類との話し合いとかならまだしもなあ。

ほなら
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2008年11月24日

時事通信は世論誘導が好き!

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外国人客増、5割強が「不安」

マスコミは不安を煽ってナンボ、褒めるのはアホ、中立はニュースにあらずちゅうのが、ジャーナリズムでっしゃろか。
5割強が不安やけど、5割強も国際交流が進むちゅうてるわけで、?と思えば、何のことは無い複数回答ありのアンケートやで。

なんやろなあ、ネットやらTVなんちゅう電気代だけで事実を知ろうちゅうのが甘いんやろなあ。ほんま油断しておると政府批判ちゅうのが正義の言動に感じる身体になりそうで怖いわ。
まあ、その反動で政府賛同体質ちゅうのもなあ、芸が無いし、、。

天邪鬼を崇め奉るちゅうのが性に合うてるかもしれんな。

ほなら

今日の詩:「嘘の無い世界」

嘘の無い世界が嫌いだ
まがい物だらけの世界が好きだ

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2008年11月22日

「負け犬の遠吠え」〜良薬はいとおかし

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2004年の流行語大賞トップ10入りの「負け犬」、30代以上、非婚、子なし女性を指す言葉、その出展元がこの酒井順子著「負け犬の遠吠え」である。

内容は当事者である本人の開き直り、自虐ネタという偏見をもって読み進めれば、これがあにはからんや、それは単なる販売戦略であって、「世間」という呪縛からいかに逃れて幸福を追求するかを面白く読ませる本である。

そう、この本は面白かった。興味深く読んだというだけではなく、本当に数箇所で声を出して笑った。

女性には人生のグローバルスタンダードがある、とされている。結婚して子を生し、子育ての後にゆったりと老後を楽しむ、であろうか。オプションとしては、仕事と家庭を両立コースもあるかもしれぬ。

このコースに乗れた女性を勝ち犬、乗れなかった女性を負け犬とあえて区別することが、この本のスタートだ。

そう、勝ち負けが結論ではなく、議論の土台にすぎないのだ。だから、その区分けは赤ワイン白ワインでもゆり組バラ組でもなんでも良かった。(でも、「白ワインの味気なさ」や「バラ組みの憂鬱」ちゅうタイトルじゃ、わかりにくくて本は売れんわなあ)

じゃあ、何が結論かと言えば、このグローバルスタンダード=世間は選択肢のひとつであり、どちらを選んでも間違いではない、ということにつきる。

いやいや、この選択肢に正解不在はあり得ず、グローバルスタンダード=世間こそが正解だと信じて止まない人々に対して、酒井女史は、確かにそういう考えもございますが、両方正解という考え方もあるのではないのですかという遠吠えを記している。そう、まさに遠吠えだ。一番届いて欲しい人々は一番遠くにいるのだから。

もちろん、身近な同輩負け犬にもエールを送る。それは世間に負けずに頑張れではなく、両方とも正解なのだから、二つの正解の間に折り合いをつけて生きていくのが楽しいですよ、というエールだ。

ここまでがこの本の面白さ基本編。
では応用編はというと、「世間」の呪縛は女性の幸せ以外にも、例えば、男らしさ、ビジネスルール、民主主義、環境保護やら複雑に絡み合って私たちの考えと行動を自然に制約しているが、その不自然さから如何に自由に生きるか、を考える上でのケーススタディとして使えるということだ。(ん、なんか犬井ヒロシの苦悩と自由のブルースっぽくなってきましたか?)

言い換えれば、「空気」を読まずにはいられない、それを読んで発言して行動することこそ人として正しい道だと信じる人たちと折り合いをつけつつ、如何に「空気」を利用して楽しい人生を送るかを考えるための最良の本だと言えるかもしれない。

♪負け犬フリーダム、負け犬フリーダム、ダダダダダダダダダダン♪でも雄の負け犬にはちょっぴり辛口なのは内緒やでえ、サンキュー!


今日の詩:「見えない綱渡り」

孤独は自然だ
結婚は作り話だ
家族は演技だ
恋愛は交通事故だ




ラベル:酒井順子 負け犬
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2008年11月17日

「レッドクリフ」のスピード感

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ジョンウー監督の「レッドクリフ」を観た。
最高におもしろい映画だ。
ハリウッド進出で得たノウハウをふんだんに用いて
中国の古典を大迫力とスピードをもって映像に蘇生させた。

大人員、大地、大河という豊富な「資源」に圧倒されるのは当然として、
2時間35分を一気に見せる、そのスピード感が素晴らしい。

映画のスピード感は俳優が早口でしゃぺったり、素早く動くことで
生まれるのではない。

その柱は脚本とカット割にあるわけだが、まず脚本。

極力 説明用の台詞を省いている。物語の進行上、多少不自然でも
観客に説明するための台詞があるわけだが、それがほとんど無く、
俳優の演技と小道具(扇、屏風、わらじなど)で暗に説明している。

説明はリスキーだ。なぜなら時間の流れに逆らうからだ。
物語は前へ前へと進もうとするのに、その理由(過去)を語ることは
見る側の時間感覚を分断するためだ。
誤解を恐れる監督ほど説明を台詞に盛る。さらに自信が無い場合はナレーションで説明しつくす。

映画のスピード感は現実の疑似体験の濃度にかかっているのに、説明でその濃度を薄めてしまうという愚行。その点 ジョンウーは誤解を恐れず大胆に台詞を省き、濃縮還元脚本で物語を前へ進める。(注)

次にカット割り。
例えば、なぜ大した内容でもないテレビCMを見てしまうのか。
それはカット割りが細かいからだ。ほぼ1秒ごと。
ミュージックビデオもほぼ1秒刻みで、見せ場は3秒で強調する。

カット割りは、過去を切り捨てる効果があるから、その分見る側の時間感覚が前へ前へと加速するのだ。
ただ過剰なカット割りはストーリを分断するリスクもある。単なる映像のつぎはぎになり、見る側に混乱を生じさせてしまうのだ。

もっともCMは15秒であり、またテーマもシンプル(商品のアピール)だし、ミュージックビデオは曲が流れているので、流れが分断されるリスクは無い。

さて映画である。このカット割のセンスこそがライブでみる舞台(演劇、ミュージカル)との最大の違いであり、監督の腕の見せ所である。(かの北野武監督も、「撮った後の編集が一番楽しい、ブラモデルを組み立てているみたいで」と語っていた)

レッドクリフの場合、カット割りに遠近のメリハリが効いている。即ち戦闘シーンではこれでもという位の細かなカット割り、さらにズームアップ(例えば兵士の盾だけ、剣を握るところだけ)をもって、観客が戦乱の渦中にでもいるかのごとく錯覚させる。

戦闘シーン以外では、二人の軍師がロックギターのソロ合戦のように琴を弾くのだが、指先のアップをうまく使って、もの凄いスピード感を演出していた。

そしてその対比でのロングショット。20万人の兵士が船や騎馬で移動するシーンを俯瞰でとる。ズームアウトと控えめなカット割りで観客を高みの見物へと誘うのだ。

「三国志」という優れた原作による部分が多いいものの、この映画の面白さはジョンウーならではと思う。中国という歴史と国土を生かしつつ、それにもたれ過ぎないのも良い。
人は何を信じ何に命を賭けるか、それは国境人種を越えて共感を呼ぶテーマであり、たまたまその素材が中国の古典であったに過ぎない、と思える映画である。

ジョンウー監督いわく
「この映画は、アジア映画でも、ハリウッド映画でもなく、世界映画なのです。」

来春のパート2が待ち遠しい限りである。


(注)スピード感を殺さずに説明するための苦肉の策としては、カットバック(過去のエピソード映像をちょこっと挟む)があるが、ジョンウーはそれすらも使っていなかった。

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2008年11月13日

定額給付金はバラマキやろか?

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給付金対応でチーム=「ばらまき」批判も


ほんまに言葉には罪はないのやが、不憫やわ。「ばらまき」ちゃん。
いつのまにか園芸用語が政治の批判用語にされてもうてなあ、
種同士がけんかせえへんように、間隔をあけよって種まくっちゅうだけの話やのに、
うかうかと種も蒔けんようになったわ。

ほなら「点まき」とか「すじまき」やったらええんかいのお。

ほんま不憫やわ、「ばらまき」ちゃん。マスコミと政治家に嬲りもんやでえ。
いちゃもんつけよるアホが何も考えなしに「バラマキ」だあ、と叫んでおけば、
そんで何か正義の味方づらして政治を批判したことになるっちゅうんやから、ケッタイな話やで。

いちゃんもんつけよるんなら、もうちょい頭使うてほしいわ。

あとな、「丸投げ」ちゅうのも何やら、それさえ使うとけば、
そんだけで鬼の首とったようなしたり顔するやろ。
そんなの丸投げだあ、ちゅうて。ほなら四角かったらええんかいちゅうに。

あっ、あとな給付金が選挙対策だからアカンちゅうのもアホな話やで。
政治家が選挙対策するのは当たり前だっちゅうに。
そんなんテレビで車のコマーシャル流したら、それは自動車メーカーの
売上対策やからアカンちゅうのと同じやでえ。

誰のせいやねん、こないなアホな言葉遣いが常識なってもうたのは。
まあ誰のせいでもないねんなあ、こないなイチャモンつけるワシのせいや、スマンなあ、最後まで読んでもうておおきに!!

ほなら


☆今日の詩「選挙公約」

政治家のいない健全な国
法律の無い自由な国



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2008年11月12日

関東大震災はチャンス

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兵庫県知事、「関東大震災はチャンス」と発言

ニュースらしいでんなあ。
不思議なことに。

いつの頃やろ。
マスコミのニュース感覚と自分の感覚が違うことに気づいたんは。

ガキの頃はなあ、
大人の考えちゅうのがあるやろうから、違うてもしゃーないと思うとったけど、年食ってもその断絶はかわらんちゅうか絶望的に開いてきおって、なんちゅうか常識欠損障害とでもいうか一種の精神病かと悩む今日この頃ですわ。

ええと思うけどなあ、関東大震災やろうと何やろうと
首都奪回ちゅう野望を政治家が語るんわ健全と思うわ。
野望を持たない政治家は人を殺せない殺人鬼と同じくらい不健全ちゃうんかなあ。

だいだいなあ、大震災が不健全ちゅうけど、元々首都が京都から東京へ移転する際には、戊辰戦争ちゅう内戦で日本人同士が殺しあってわけやろ。健全な戦争や。政治家が政権賭けて自国(その頃は藩ごとに軍隊もっておった)の兵隊使うて戦争したわけや。

大震災発言が不健全で謝罪せないかんのやったら、戊辰戦争での戦争犯罪人は謝罪どころの騒ぎやないでえ。

またくだらんこと書いてもうた。

ほなら

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2008年11月11日

田母神氏の参考人招致

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何が問題なのかわからない。
が、自衛隊の問題には興味がある。

いや名称の胡散臭さに興味がある。
軍隊なのにあえて自衛隊と言う。
40年前に自衛隊違憲判決が出ていながら、
そんなものは無かったこととして現実には存在する。

まあ、それはさておき、
田母神氏の論文だ。
内容が村山談話と相違するのが「問題」だそうだ。

よくわからないので、強引に例えてみよう。

仮に私がマクドナルドの社員だとする。
そこでハンバーガー懸賞論文に応募する。
マックは価格的には割安感があるものの、
味としてはモスバーガーの方が格段に上だという内容。

審査時は、私の身分がわからないまま、大賞を受賞。
そこで初めて私がマクドナルドの社員であることがわかる。

そして、マクドナルドの取締役会に呼び出され
「他社のハンバーガーを褒めるとは何事だ。会社見解とは異なる」
ということで、たまたま今月末が定年退職なので、
退職金をもらって辞めたというところか。

なぜいけないのか。
マックから給料をもらっておきながら、会社の不利益につながることを
「広告」したからだ。

田母神氏は自衛隊から給料をもらっている。だから自衛隊の最高責任者だった
村山総理の発言と違う内容の「広告」は「不利益」になるからケシカランということになのか。

マックと国家はどこが違うのだろう。
マックは競争相手がいる。評判が悪くなれば他のハンバーガーへと客は流れ、
売上げは落ち、最悪は会社が倒産する。

自衛隊はどうだろう。かつての最高責任者の考えと違う考えを発言する奴を
幕僚長という偉い地位に据える軍隊は信用できない。こんな軍隊に国を守ってもらう
くらいなら、自衛隊は解散して、その分の税金をアメリカの軍隊に払って、
日本を守ってもらったほうがマシだ、というになるから問題なのだろうか?

しかし、そういう報道はされていないようだ。
わからない。なぜ元総理の発言と違うことを違う内容の論文は「問題」なのだ?

誰が被害者か?先のマクドナルドの例では、会社だ。何しろ最悪倒産するのだから、
被害は未然に防ぎ生き延びようとするのは、動物的本能として当然である。

しかし、この論文による被害者は誰なのだろう。国民か?せっかく税金払っているのに
自衛隊はちゃんと働いてくれず、私たちは生命の危険にされされるということは
なさそうだ。

すると村山元総理か?私の発言を否定しやがって、元最高責任者にたてつくとは何事だ、
おまえは首じゃ〜、ということでもなさそうだ。

たぶん、何も問題はないんだなあ、きっと。
問題にしたほうがニュースになるし、国会も盛り上がる。
私もわざわざ人生の一部を割いてこんな駄文をブログにアップしているし。

そうなんだなあ、被害者がいない問題ほど罪の無い娯楽はないかも。
適度に正義感も刺激されるし、何か自分も国家について論じた気分になれるし、
感謝せんとイカンね。
posted by enpho at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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